(嘘…!? なんで、こんなに混んでるの…!)
千葉から東京に向かう電車はキツイ、という話は聞いていた。東西線は乗車率が200%をこえて、素人には厳しいぞ、と内定式で先輩が言っていたのを思い出す。
けれど、今年就職したばかりで、少しでもお金を節約したいと鈴木優里(すずき ゆり)は考え、家賃の安い千葉にアパートを借りたのだ。
しかし、通勤初日。優里は早くもその判断を後悔していた。
(もうギュウギュウじゃん…!まだ入ってくるの!? 身体がつぶれちゃうよ…!)
優里は地方の大学を出ており、東京に出てきたのは、つい最近の事だった。なので都心の人の多さにもなれてないし、ましてや満員電車での立ち振舞など、まるで知らない。
なすがまま、スーツを着た男性の波に押しつぶされ、せっかく綺麗に仕上げてきた長い黒髪、ぱっつんの前髪もやや乱れてしまっていた。
優里は小柄で、身体も強い方ではない。満員電車の中では、狼の群れに飛び込んでしまった羊のように、何も抵抗できずただ周りの圧力に耐えながら早く到着するのを祈るのみだ。
その時、ガコン! と電車が揺れた
「きゃっ!」
優里は踏ん張りがきかず、思わずよろける。誰かの舌打ちが聞こえた。
「す、すみません」
思わず謝るが、何の返答もない。優里はますます身体を小さくした。周りに迷惑をかけちゃいけない。みんな、これから仕事に向かってるんだ。
私なんて、まだ1日も働いてもいない新卒なんだ。私もしっかり耐えて、迷惑をかけないようにしなきゃ…。
そんな事を考えていると、不意にお尻に違和感を覚えた。
(え? 誰かが私のお尻、触ってる?)
何者かが、優里のお尻を円を描くように触っている。明らかに意図的な触り方だ。優里は、キツめの黒のパンツスーツを着ている。それゆえ、お尻の形がくっきり出ている。
その浮いた尻を触られているのだから、触られてる感覚はゾワゾワと優里に伝わった。
(嘘。これって、もしかして…痴漢?)
優里は後ろを振り向こうとしたが、大柄な男性に囲まれて、思うように動けない。ピッタリと四方を男性に固められ、振り向く事すら許されない。
そんな身動きが取れない状態で、優里の尻だけが好き放題に陵辱されている。
痴漢の手は、優里のお尻の形を入念に確認するように、ねっとりと臀部全体をなでまわす。
そして尻肉を軽くつかみ、持ち上げ、震わせる。まるで尻の検診するように、右尻、左尻どちらも同じように触っていく。
「ん……♡」
思わず、優里の口から声にならない吐息が漏れる。くすぐったさと、電車という公の場で触られている恥ずかしさが混ざり、無意識に出た音色だった。
その反応を好印象と見たのか、痴漢の手はさらに強く優里の尻を掴んだ。ぎゅ、ぎゅ、と硬いパンツスーツの上から、柔らかな肉を確認するように揉む。
(やめて…気持ち悪い…知らない人にお尻を触られるなんて…!)
優里は、その小柄な体型と気の弱そうな外見から、痴漢にあうことが多かった。しかし、それはあくまで露出狂に限った話で、こういった直接触れてくる痴漢にあうのは初めてだった。
だから、どう対応すればいいのか分からない。おまけに満員電車という、身動きの取れない極限状態だ。地元で露出狂にあった時は、単に無視するか、反対方向に逃げればよかった。友達と一緒にいるなら、二人で「きもっ!」と叫んで笑ってやり過ごせた。
露出狂は、見られるだけで満足していたから、こうやって直接危害を加えてくることもなく、今思えば『平和な不届き者』だった。
しかし、痴漢は違う。直接、身体に触れてくる。無遠慮に柔肌をまさぐってくる。
よりにもよって…入社初日に…これから、社会人としてデビューする日に…!